Act.01 結果の翌朝(side:雛) |
んー、なんか、冷房……ちょっと寒……。 あったかいもの……熱源が欲しい。 夢と現実の境界を彷徨いながら無意識の内に温かいものを求めていた私の手が、直ぐ傍にある熱を捜し当てた。 ベッドに寝そべったまま、ごそごそと体ごと移動して、見つけた熱を逃がさないようしっかりとしがみ付く。 「雛、寒い?」 「ん……さむい。」 けど、触れてるこれは何か凄く気持良い温度……ん? でもベッドがやけに狭い気がする……。それに喋る熱源……? て、まさか! 「……いち!?」 「はーい、壱さんですよー。」 ベッドの上に跳ね起きた私を、隣に寝ていた壱が実に胡散臭い満面の笑みで迎えた。 「なん、で、なんで私の部屋にいるのよ!」 寝る前は確かに一人でベッドに入ったはず。 なのに、どうしてなんでこいつがここにいるの!? 「ん? 俺を引っ張り込んだのは雛なんだけどね? あれ? まさか覚えてないなんていわないよね?」 「お――覚えて、」 覚えて、無い。そんな記憶まったく全然ないわよ。 そもそも私が壱を部屋に引っ張り込むなんて、絶対何があっても金輪際ありえるわけない! 不審に満ち満ちた、猜疑心溢れる表情をしているであろう私に、肘を枕について頬杖のまま起き上がる気配の無い壱が呆れたような溜息を吐いた。 ちょっと、何その如何にも私に落ち度がある的態度は。 「雛、母さんが作った蜂蜜入りハーブを飲んだのは覚えてる?」 蜂蜜? ああ、そういえば飲んだけど。この頃ちょっと体がだるくてかったるかったのよね。 それを言ったら、節子さんが生薬入りの飲み物を勧めてくれて。甘くて凄く美味しかったからついついおかわりとかしちゃったんだけど。 「お風呂上りにもらったけど……それが、なに?」 「あれね、蜂蜜酒っていって立派なお酒。健康酒だけどね。」 「――嘘っ!」 お酒!? 飲み終わった後なんだかやけにぽやぽやした感じがしてたような気がするけど……だけど、すっごく飲みやすかったわよ? 「それなりに度数は高いんだけどね。甘くて飲みやすかったでしょ?」 ちょっと悪戯っ子みたいな顔をして、見透かすたようなことを壱が言う。 「……お酒……でもあの後、私直ぐ部屋に戻って寝たはず……。」 「うん? 部屋には戻っても寝てはいなかったみたいだよ? それにしても雛――アルコールが入ると凄いよね。」 凄い? 凄いって何が? 「この部屋の前を通りかかったらいきなりドアが開いてね? 半分目の据わった雛に壱さん連れ込まれちゃった。」 つ、連れこ……っ!? 愕然と言葉に詰まる。でも壱の情け容赦無い昨夜の状況説明は更に続いた。 「その後部屋の鍵を閉めたと思ったら、雛ってば暑いって言って豪快に脱ぎだして。」 脱ぎだ……っ!? 冗談でしょ? 覚えてないのよ、さっぱり。その上お酒だなんて。 不確定要素が多すぎて自分で自分の行動が予想できないだけに、壱の言っていることの信憑性がどのくらいなのか検討もつかない。 でも脱いだってのは間違いないと思う。 だって自主的かどうかは置いておくとしても、体に巻きついているシーツの下……何か着てるって感触が皆無なのよ。 「……で、どうしたわけ? まさかとは思うけど、壱……?」 ――節子さんも父さんもいた屋根の下でナニかしちゃったわけじゃないわよね? 嫌な予感に、口元が引き攣る。 まさかと思うけど、自分の身をつい見下ろしたくなる。 「据え膳はしっかり頂きました、もちろん美味しく。」 悪びれる風も無く寧ろ楽しそうにすら言う男に、ぐらりと目の前が揺れた。 ――ありえない……っ、ばれたらどうすんの! 一応立場的には義理の兄、義理の妹なのよ!? 「変態っ! そういう場合、紳士だったら手はださないもんでしょっ!」 「あ、雛ってば残念ー、俺紳士じゃないもん。」 ああいえばこういう。これはきっと壱のためにある言葉だわ! 「で、出てけーっ!」 ばふっと投げつけたクッション。だけど片手で易々と受け止められて、ああ、癪に障るわ! しかも素早く起き上がった壱に両手をつかまれて、あっという間に組み敷かれた。 「重い! どいて!」 「ええ? どうしようかなぁ。一つ約束してくれるなら離してあげてもいいけど?」 「約束?」 一体私に何させるつもり? この状況で迫るって事はとってもろくでもない事の様な気がするけど。 「二十歳になっても男のいる所では飲酒禁止。――返事は?」 「飲酒禁止? って、何よそれ。」 ていうか、壱。なんでそんなに真剣なわけ? ……そういえばちょっと気になってたんだけど。何だか服を着た後でも見える場所にキスマーク、がついてるのよね。 今までこういうのって実は無かった……つまりは壱なりに気を使ってくれてたと思うわけでね……? その気遣いも無くなるほどって……昨夜の私、一体全体何したわけ……? 「あの壱……昨夜って。」 「――全然覚えてないんだねぇ。でも教えてあげない。知りたかったら自分で思い出して。」 思い出せないから聞いてるんじゃないの――変態意地悪馬鹿壱。 こっそり悪態をつく私に、ふと表情を緩めた壱が何故か苦笑いした。 「酔った雛のアノ時の声、凄く腰にクるんだけどね。親が最中に踏み込んでくるのは流石に嫌でしょ?」 「……声って……冗談っ、」 「じゃないよ。昨夜は結構やばかったかな。」 ――な、何したのよ私っ!? ずくずくと段々頭が痛くなってくる。 様子から察するに壱はどうも嘘をついてない、ように見える。 ということは……。か、考えるだに恐ろしい。 「約束、する。」 いつもなら、壱の言うとおりにするなんて、と突っぱねる所だけれど今回ばかりは大人しく是と返した。 両腕の拘束が解かれ、壱の重みが無くなる。 起き上がった壱は、やれやれという体で寝乱れた髪を両手で後ろに撫で付けて一つ大きく伸びをした。 「……? 壱、腕のそれ、どうしたの?」 上げた拍子に垣間見えた腕の付け根、そこに噛み跡みたいなものが見えて、反射的に尋ねてた。 僅かな間。壱から投げられたのは意味ありげな視線。え? 何? 「雛、多分俺は食べても美味しくないと思うよ? 今度素面の時にキスマークのつけ方教えてあげるから。」 肩を竦めてからかう様に言われて。 ……まさか、私、噛み付いた? 嘘でしょ? でも壱の腕にはしっかりくっきりと赤い歯型がついているわけで。 ――とりあえず、お酒とは一生縁遠い生活をしよう――。 冷えた部屋の中でたっぷりと冷や汗をかきながら、そっと私は決意した。 〜Fin〜 |
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